■第43回
野村證券エクイティ・リサーチ部エグゼクティブ・ディレクター、大村恒平氏に聞く
オフィスREITの一般的な特徴
(※)J-REIT市場全体の保有不動産の用途別保有額(取得価格ベース)の割合
大村恒平氏
2023年春以降、東証REITオフィス指数などの株価は大きく上昇しました。この理由は大きく2つあると思います。1つめはオフィス稼働率に底打ちの兆しが見えてきたこと。2つめは、オフィスREITの株価が他のアセットタイプREITと比較して端的に出遅れていたことです。
稼働率で言えば、賃料単価を引き下げて稼働率を引き上げる戦略をとっていたことが大きい。加えて、マクロ的な視点では、オフィスビルに入居するテナントの需要がやや好転してきたことが考えられます。コロナ禍によってオンラインの在宅勤務が進みましたが、「フィジカルなコミュニケーションも一定程度は必要」と考える企業が増えました。採用を拡大する企業も出てきました。特に東京都心5区(千代田・中央・港・新宿・渋谷)では、館内増床するケースも増えています。
稼働率の底打ち感が成長基調につながるには、テナントの需要が明確に戻ってくることがポイントでしょう。新規に供給される大型オフィスの動向も気になります。新しい大型オフィスの賃料は基本的に高いので、入居できるのは相応な賃料負担力がある企業です。そうした需要が波及して、REITが保有する物件へも広く伝播していくことで全体の賃料が上がる流れです。
そこまでたどり着くにはもう少し時間がかかるでしょう。23年後半かけて稼働率の底打ちが明確になり、そこから1年ぐらい経って需要拡大とともに賃料単価の引上げの方向感が見えてくる。そんなイメージです。
オフィスREITは大きく2つに分類されます。大口テナントを抱えている物件が多いREITと、小分けにしている(マルチ化)REITです。大口テナントが多いREITは、一度テナントが抜けると埋め戻すまでに時間がかかる傾向にあります。今後の株価を探るためには、大口テナントが多いREITの業績が回復してくるかどうかに注目すべきでしょう。ジャパンエクセレント投資法人(8987)などでしょうか。
大口集中かマルチ化で小分けかという各REITの戦略は今後、変わる可能性もあります。仮に今までの戦略を変えるとなると要注意。説明会資料などで開示されるべき重要な情報になる可能性もあるので、開示情報に注目しておくことが大事になります。
投資対象としてのオフィスREITを考えた場合、3つのパターンに分類して考えると整理しやすいと思います。
1つめは、スポンサーがデベロッパーであるREIT。REITが持っている稼働率が下がりそうな物件を、退去が顕在化する前にスポンサーに譲渡して、頃合いを見て別の物件を買う。つまり、スポンサーとの間で資産の入れ替えが比較的容易にできる銘柄です。
日本ビルファンド投資法人(8951)やジャパンリアルエステイト投資法人(8952)あたりが代表的。前者は三井不動産(8801)が、後者は三菱地所(8802)がメインスポンサーです。相対的に高リスクな物件を比較的容易かつ素早く売却できるという点で注目に値します。
2つめのパターンは、持っている物件の立地が良い=需要が強い地域にあるREITです。例えば、大和証券オフィス投資法人(8976)は渋谷区や中央区などに立地するオフィスを有するREIT。こうしたエリアの潜在需要は相対的に強いため、ファンダメンタルズが改善していくときには、最初に良い兆しが出やすい特徴があります。
3つめは、稼働率の維持・向上にやや難を抱えており戦略の継続・変更の決断を迫られているREITです。こうしたREITにおける株式のPBR(株価純資産倍率)に相当するNAV倍率は低位で推移している傾向があります。
一般論としては、規模の拡大でリスク分散効果が期待できます。1物件がポートフォリオ全体の収益に与える影響が理論的に減りますから。分配金の変動率も下がっていく可能性があります。一方で、株価の材料を探るポイントがわかりにくくなるデメリットもあります。
合併の意味としてより注目したいのは、保有物件の築年数への対応という観点です。J-REIT市場に第一号銘柄が上場したのは2001年9月ですから、当時から保有していたとすると20年以上の築年数を経た物件があるわけです。オフィスビルの場合は一般に、築25年~30年で大規模修繕が必要とされています。
つまり、REITにとって新たな費用がかかるということです。減価償却費は損益計算書上の費用なので実際のキャッシュは減りませんが、仮に経年対応等の費用が生じた際は、資本的支出(CAPEX=キャペックス)としてキャッシュアウトすることになります。合併してポートフォリオを大きくした方が、大規模修繕に対応しやすいという考え方はできると思います。
減価償却費とCAPEXの割合を見てみると、10年ぐらい前のCAPEXは減価償却費の40~50%程度でした。いまは60~70%に増えているイメージ。すぐに問題になるレベルではありませんが、銘柄選択を考える際に保有物件の経年は今後、よりフォーカスしていく必要があるでしょう。
オフィスに関しては日本の方がずっと状況が良いですね。日本の出社率はいま8割くらいと言われていますが、それを米国などのお客さまに話すと驚かれます。最近ではオフィスから住居(レジデンシャル)へのコンバージョンが話題になっています。米国などではレジデンシャルであれば超高額物件でも買う会社があります。この流れが日本にも来るのか、ちょっと注目しています。
ホテルREITの一般的な特徴
ご存知の通り、インバウンドが戻りつつあり、総じて良い風が吹いています。コロナ禍で大打撃を被ったホテルREITですが、当時は物件オーナーが委託しているホテル運営会社(オペレーター)の事業継続が危ぶまれました。22年に入ったころから、その不安が払拭されるほど宿泊需要が戻ってきて、同年後半からはホテルの賃料向上やREITの分配金増配など前向きな話題が出てきました。
ホテルREITのリスク・リターン特性は株式と似ています。オフィス物件のように2年、4年と賃貸借契約で賃料が固定されるわけではありません。変動賃料制を採用している物件も多いし、ホテルそのものの宿泊料も日々変動していきます。
ホテルの宿泊稼働率はいま、コロナ禍前の水準が射程圏内に入っています。株式市場の参加者も稼働率を心配している様子はありません。稼働率よりも単価(平均客室単価=ADR)をどこまで上げることができるか。その点に注目が集まっています。
株価もコロナ禍前を100とすると、現在は90を超えて95あたりでしょうか。期待を織り込んでいますから、実際の業績が追い付いていない部分もあります。今後注視していくことが肝心でしょう。
円安による外国人旅行者の動向だけでなく、インフレ経済下のホテルREITを投資家も無視できなくなっています。
インフレヘッジの目的で不動産投資を行うケースはありますが、REITに安定的な配当利回りを期待するのであれば、インフレヘッジには使いにくい。インフレ時にはスプレッド(配当利回りと長期金利の差)が縮みますから。しかしホテルREITは別で、それなりのインフレヘッジ効果が期待できます。
ホテルの宿泊料はその時々で価格を変えることができるからです。価格が日々変動するということは、仮に物価が上昇したら価格に転嫁しやすい。REITの配当は動きやすくなる一方、物価上昇分をそのまま収益に転嫁しやすいことは言えると思います。
今後の注目点を挙げるとすれば、ホテルREITを含むJ-REITはこれまでデフレしか経験していないことでしょうか。多くのJ-REITがデフレ経済下でのビジネスモデルになっています。インフレで金利が上がっていくなら、それ以上に賃料を上げないと収益拡大は見込めないし、投資家のインフレヘッジにもなりません。
マクロでは、円安効果によるインバウンド拡大と物価上昇。そこで景気失速も懸念されていましたが、ソフトランディングできそうだという見方が強くなっています。業績は大きくブレるホテルはあるでしょうが、REITとしての投資妙味は上がってきています。そこで初めてのインフレ体験。ホテルREITには、インフレ下での戦略の確認と再考が求められているところです。
各REITとホテルが締結する賃貸借契約によると思います。前述のように賃貸借契約には、固定賃料、固定+変動賃料、変動賃料の3パターンが存在します。固定賃料ではインフレヘッジ性はないですが、変動賃料なら十分に考えられます。
REITで言えば、ADRの上昇をメインドライバーに変動賃料でどれだけ分配金を増やすことができるか。ここがポイントになります。変動賃料は売上歩合のものとGOP(Gross Operating. Profit=ホテルの営業粗利益)に連動するものがあります。後者であれば、いかに粗利益を最大化させるか、ホテルの効率的な運営能力が分配金の多寡に大きく関わっていくということです。これは他のアセットクラスにはない特徴です。
インフレヘッジは本来、オフィスREITの特徴と言えます。景気が良くなると、次回の契約更新時に賃料へ反映できますから。しかし、悩ましいことにオフィスにはコロナ禍からの需要回帰という新しい“変数”が出てきたため、今までの分析手法ではファンダメンタルズは捉えにくくなっています。その分、ホテルの特異制にフォーカスされやすくなっていると思います。
時価総額の観点では、ジャパン・ホテル・リート投資法人(8985)、インヴィンシブル投資法人(8963)、星野リゾート・リート投資法人(3287)あたりでしょうか。
ジャパン・ホテル・リートは比較的、宿泊と料飲・バンケット(宴会・婚礼)施設を持つフルサービスホテルが多い典型的なホテルREITと言えるかもしれません。インヴィンシブルは宿泊に特化したビジネスホテルが多い一方、海外のリゾートホテルを保有していることが特徴的。分散効果が期待できます。星野リゾート・リートはご存知の通りブランド力。どれだけ物件を買うことができるか、いわゆる外部成長に期待がかかっています。
先ほど、ホテル運営の優劣が投資結果に繋がりやすいという話をしましたが、ホテルの場合は投資家自身が実際に泊まりに行って、サービスを体感することができます。例えば、興味があるREITが保有しているホテル、自分が持っているREITで最大規模のホテルなどに行ってみる。定量的な情報は開示資料で、運営力やサービスなどの定性的なことは、自分が泊まってみて肌感覚で捉えることができます。これができるのは、ホテルREITに投資する個人投資家の大きな強みでしょう。
本記事の内容は、取材日時点(2023年9月19日)の情報に基づくものです。
大村恒平氏プロフィール
野村證券エクイティ・リサーチ部エグゼクティブ・ディレクター J-REITリサーチ担当。大和証券SMBC(現・大和証券)において機関投資家営業などに従事した後、2015年より同社調査部門においてJ-REITリサーチを担当。2021年に野村證券に入社し現職。不動産証券化協会認定マスター。
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