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第8回 株式会社三井住友トラスト基礎研究所私募投資顧問部 主任研究員 菊地 暁 不動産ESG:不動産運用実務における社会(S)対応のあり方 社会的課題解決に資する不動産の普及には、評価項目等の整理が決め手に

多岐にわたる社会的課題の評価項目を整理し、道筋を示す

小林 英樹氏フォト

株式会社
三井住友トラスト基礎研究所
私募投資顧問部
主任研究員

菊地 暁

ESGのうち、社会(S)への取組の有効性は、環境(E)と比較してその優劣の判断を付けづらい。なぜなら、温室効果ガス(GHG)排出量削減目標やエネルギー効率のような明確な数値基準に乏しく、かつ取組内容が多岐に亘るからである。具体的に不動産単体に係る社会的課題を挙げると、自然災害への対応、健康志向の高まり、多様な働き方と生産性向上、ウェルビーイングの実現、地域活性化、人権尊重、包摂的な社会の実現等、実に様々である。加えて、取組への評価も定性的になりがちであり、いまだ評価手法が十分には確立されてはいない。

周知の通り、現在、機関投資家等による投資先へのESG配慮を求める動きが拡大している。そのため、環境(E)にとどまらず、社会的課題を解決するための不動産とは何かを明示し、より多くの投資が社会的課題の解決にも振り向けられる環境整備を推し進める必要がある。

このような課題認識から、国土交通省は「不動産分野の社会的課題に対応するESG投資促進検討会 [1]」(以下、「検討会」という。)を設置して有識者による計5回の議論を行い、我が国における社会的課題として挙げられる少子高齢化への対応や自然災害への備え、地域活性化、多様な働き方・暮らし方の実現等に関するESG取組の評価項目を整理して「不動産分野の社会的課題に対応するESG投資促進検討会 中間とりまとめ」(以下「中間とりまとめ」という)を3月30日に発表した。この中間とりまとめでは、「持続可能な社会・ウェルビーイングの実現」のために解決すべき社会的課題を示し、これに対応する具体的な評価項目と、達成すべきSDGsゴール、UNEP FIインパクトレーダーおよびインパクト・カテゴリーとの関連性を整理している(図表1)。この中間とりまとめでは社会(S)の評価項目を体系的に整理し、どのような取組をすればどのSDGsゴールを達成することになるか、などが一覧で理解できるように工夫されており、今後のESGの取組、また評価のポイントを把握する上で大いに参考となる。なお、社会(S)の評価項目(アクティビティ)は、建物規模、用途、立地によって異なり、また、その地域の慣習・文化や歴史的背景等にも影響を受ける。個々の特長を活かしたアウトプット・アウトカムを意識しながら、各評価項目はどのSDGsゴールを達成するのか、どのくらいポジティブなインパクトを与えたかを評価する仕組みが望ましいだろう。

●図表1:不動産の社会(S)分野における評価項目等(抜粋)

図表1:不動産の社会(S)分野における評価項目等(抜粋)

出所)国土交通省「不動産分野の社会的課題に対応するESG投資促進検討会中間とりまとめ」(2022.3.30)から図表2の「安全・尊厳」を抜粋

[1] 国土交通省「不動産分野の社会的課題に対応するESG投資促進検討会」
https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/tochi_fudousan_kensetsugyo_tk5_000001_00005.html

社会的課題を階層として整理しつつ、
持続可能な社会を実現する高次の社会的課題を捉える

社会的課題相互の関係性をどのように整理するかは評価体系を構築する上で重要となる。検討会では、社会的課題を議論する過程において、その重要性・優先順位は「マズローの欲求5段階説」の階層と同様に整理が出来ることに気が付いた。「マズローの欲求5段階説」とは、人間の欲求を「生理的欲求」、「安全の欲求」、「社会的欲求」、「承認欲求」、「自己実現欲求」の5段階に分け、これらを積み重なるピラミッド階層として表現したものである。

これを不動産分野に置き換えると、図表2のように考えられる。最も基礎的な階層(生理的欲求・安全欲求)には「命や暮らし、尊厳が守られる社会」が当てはまると考えられる。すなわち、自然災害への備え(レジリエンス)や、日々の生活における安全・安心の確保などが社会的課題となる。

安全・安心が満たされた次の階層として、人々は生活に豊かさを求めるだろう。すなわち「身体的・精神的に良好な状態を維持できる社会」、端的に言えば「心身の健康」の実現がキーワードとなる。この階層では、健康な暮らし・働き方の実現、快適で利便性の高い生活・職場環境の実現などが取り組むべき社会的課題となる。

心身が良好に満たされることにより、人々は「意欲や能力を発揮できる、経済的に豊かな社会」を求めるようになる。この階層では、「多様な働き方と生産性向上の実現」が追求される。コロナ禍でリモートワークが急速に普及し、不動産のあり方を再考させた。これまでの職住近接から、ワークプレイスを複数持つ、郊外に構える等、既成概念に囚われない個々のライフスタイルに合わせた不動産の活用方法が次々と提案されている。立地ブランド(社会的欲求・承認欲求)から、不動産を通じた自分らしい生き方(自己実現欲求)への変化を感じる。このようなライフスタイルの変化を捉えた環境整備が必要だ。さらには、外に向けた貢献として周辺地域のコミュニティの活性化等を検討する段階となろう。自らが関係する地域・コミュニティをより良いものにする、すなわち、地域経済の活性化の一環として地域資源の活用や地域産業の雇用創出等、取り組むべき社会的課題は多い。なお、社会的課題の関係性を分かりやすく示すためこのような整理としており、実際は、魅力ある地域づくりによる地域活性化を通じて、豊かな経済の実現に貢献する場合も十分にあると考える。

マズローは、晩年に6段階目となる「自己超越欲求」(利他欲求)の存在に気づいたと言われている。今を生きる我々のみならず、将来を担う人々への責務として、様々な社会的課題を解決し、より輝きある、豊かな未来を創造していかなければならない。すなわち「次世代に継承され、発展する社会」(自己超越欲求)の実現だ。地域の魅力向上・地域文化の活性化、教育環境の充実など、未来を見据えた時間軸で取り組んでいく課題への対応が求められる。

では、社会的課題のひとつである「人権の尊重」はどの階層に含まれるのだろうか。人権を尊重する、他を慮り行動する。このような精神的余裕は、自らが満ち足りている状態となってから生まれることが多い。これは、マズローのいう「自己超越欲求」の段階であり、社会の成熟に伴って形成される高次の概念であると、これまで私はそう考えていた。しかしながら、日本国憲法は「基本的人権の尊重」を三大原則のひとつに掲げている。また、万人がウェルビーイングを実現する、精神的に良好な状態を維持するためには、その土台としてまず個々の尊厳が守られるべきであろう。マズローの欲求5段階説に照らし合わせれば高次な概念かもしれない。しかし、社会的課題として捉えるのであれば、精神的な高まりとは別に、根本的な社会的課題として位置づけられる。従って、図表2では「人権の尊重」を安全・安心と並ぶ最も基礎的な階層として位置づけた。

このように、解決すべき社会的課題は常に変化し様々な価値観を認め合う時代となりつつあるが、これまでの既成概念に囚われず、持続可能な社会の実現を欲する高次の社会的課題を捉えて、不動産の役割期待を考えることが重要だろう。

●図表2:不動産分野における持続可能な社会・ウェルビーイングの実現に向けた段階と社会的課題

図表2:不動産分野における持続可能な社会・ウェルビーイングの実現に向けた段階と社会的課題

出所)国土交通省「不動産分野の社会的課題に対応するESG投資促進検討会中間とりまとめ」(2022.3.30)をもとに 三井住友トラスト基礎研究所作成

社会的課題解決のキーワードは協働

社会的課題を解決する不動産の形成過程では、その価値向上を目指して、何かを「導入」「設置」「提供」しがちである。しかし、一方通行で何かを「導入」するだけでは、本当に活用されたのか、本当に建物利用者(テナント、来場者、ゲスト等)は満足したのか、ウェルビーイングに資する不動産となったのかがわからない。加えて、求められる建物スペックや運営・管理は建物規模や地域によって異なる。地域性を無視した過剰な高性能ビルを追求すれば、結果的にオーナー負担、もしくはテナントの賃料負担が嵩んでしまい、オーナー、テナント双方のwin-winの関係にはならない。そのため、定期的に建物利用者の声を拾い、費用対効果を考えながら、次の満足度向上に繋げていくことが重要だ(図表3)。さらに言えば、不動産におけるオーナーとテナントとの関係、あるいはPM・BMとの関係は、得てして主従関係、あるいは「お客様は神様」となりがちであるが、それぞれが対等であり、社会的課題を解決するパートナーであるとの認識も必要だろう。

それぞれの役割の中でより良い不動産の在り方を模索する、検討過程を共有する、取組で協働する、これら繋がりそのものが社会(S)の課題解決に求められているのではないだろうか。

●図表3:テナント満足度向上への取組

図表3:テナント満足度向上への取組

出所)三井住友トラスト基礎研究所

ガイダンスは不動産業界全体のESG意識の底上げと
具体的な取組の推進に役立つ

2022年度の検討会では、2021年度にとりまとめた「持続可能な社会・ウェルビーイングの実現に向けた段階、不動産の社会的課題、評価テーマ、評価分野、評価項目(アクティビティ)」を踏まえ、その評価方法(アウトプット・アウトカム・インパクト)を検討し、不動産事業者や金融機関、機関投資家等を対象とした資料(ガイダンス)の作成を予定している。具体的には、評価項目に掲げられた具体的な事業活動(設置、導入、実施等)が、利用者の満足度や実際の利用率に反映されているか(アウトカム)を測り、具体的なゴールである持続可能な社会の形成やウェルビーイングが実現されているか(インパクト)までの一連の整理が検討事項となる(図表4)。これら評価項目とその評価方法を含む評価体系を整理したガイダンスの作成・公表が実現すれば、これまで整理が難しいと言われてきた不動産ESGにおける社会(S)分野での大きな前進となり、不動産業界全体のESG意識の底上げと具体的な取組の推進に役立つと考える。今回の検討を通じてESGにおける社会(S)の重要性を再認識するとともに、不動産業界全体のESG取組意識が環境(E)のみならず、社会的課題への対応に拡張していくよう願っている。

●図表4:不動産の社会(S)分野における評価項目等の整理イメージ

図表4:不動産の社会(S)分野における評価項目等の整理イメージ

出所)国土交通省「不動産分野の社会的課題に対応するESG投資促進検討会中間とりまとめ」(2022.3.30)をもとに 三井住友トラスト基礎研究所作成


菊地 暁氏プロフィール
(一財)日本不動産研究所を経て、2008年3月に(株)住信基礎研究所(現:(株)三井住友トラスト基礎研究所)に入社。2013年7月より私募投資顧問部に配属、不動産私募ファンドのデューデリジェンス・モニタリング業務に従事。これに並行して、2013~2015年には環境不動産普及促進検討委員会の事務局にて環境不動産関連情報の収集・整理、グリーンリース・ガイド作成までの一連の業務サポートに携わった。研究・専門分野はESG、TCFD、環境不動産など。2020年度 国土交通省 不動産分野におけるESG-TCFD実務者ワーキングメンバー、2021年度 国土交通省 不動産分野の社会的課題に対応するESG 投資促進検討会 委員。不動産鑑定士。

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